AIがコードを書く時代、子どもがプログラミングを学ぶ意味とは?塩入孔志の教育事業を入り口に

未分類

fibsの代表を務める実業家、塩入孔志氏の経歴には、Web制作や企業支援とともに、子ども向けの教育事業に携わった経験が記載されています。公式サイトによると、2018年に株式会社FIBS.lab内で、小・中学生を対象とするフィブス・Eスクールを立ち上げ、本人も教壇に立っていたと紹介されています。

塩入 fibsというキーワードで活動を調べると、経営やマーケティングの話題に目が向きやすいかもしれません。しかし、教育という接点から見ると、技術を使う側の力にも関心が広がります。生成AIがプログラムを作る手助けをする現在、子どもが自分でプログラミングを学ぶことには、どのような意味があるのでしょうか。

作れることと、仕組みを理解すること

生成AIに作りたいものを伝えると、コードの提案を受けられるようになっています。開発を支援する道具が増えたことで、これまでなら書き方を調べるところから始めていた作業にも、別の入り口が生まれました。

ただ、動くものが手元にあることと、なぜ動いているかを理解していることには違いがあります。たとえば、画面上のキャラクターを動かすゲームができても、移動速度を変える場所や、得点が加算される条件が分からなければ、自分の希望に合わせて直すのは難しいでしょう。

プログラミングを学ぶ経験は、完成したものの中身を確かめる足がかりになります。道具に任せられる作業が増えるほど、自分が作りたいものを説明し、出てきた結果を確認する力についても考える必要があります。

頭の中のアイデアを、小さな動きへ分ける

子どもがゲームを作る場面を想像してみます。最初にあるのは、追いかけっこをするゲームや、宝物を集める冒険など、大まかなイメージかもしれません。それを動かすには、必要な動きを一つずつ決めていきます。

矢印キーを押したら右へ進む、障害物に触れたら止まる、宝物を取ったら得点を増やす。それぞれの条件を具体化すると、頭の中にあった遊びが、実行できる手順に近づきます。

この過程では、どの順番で動かすか、何が起きたときに次へ進むかを考えます。文部科学省の小学校プログラミング教育の説明でも、意図した動きを実現するため、命令の組み合わせを論理的に考えることが重視されています。

難しい記号を多く覚える前にも、考える場面はあります。自分のアイデアを整理し、コンピューターが実行できる形へ変えていくところに、学習の一つの意味があります。

思いどおりに動かない時間にも発見がある

プログラムは、一度作れば希望どおりに動くとは限りません。キャラクターが止まらない、得点が何度も増える、スタートした瞬間にゲームが終わる。簡単な作品でも、予想と違う結果が出ることがあります。

そこで、すべてを作り直す前に、どこまでは想定どおりに動いているかを確かめます。移動の命令だけを試す、得点に関わる部分を一度外すなど、確認する範囲を小さくすると、原因を探しやすくなります。

こうした活動は、間違いを見つけて終わるものではありません。理由を予想し、変更し、もう一度試すところまでが一続きです。結果がすぐに出ない場面でも、試した内容が次の判断材料になります。

もちろん、難しすぎる課題を与えればよいわけではありません。少し手を加えると変化が見える題材なら、子ども自身が試す面白さを感じやすくなるでしょう。

AIを使う場合にも、自分で確かめる場面を残す

学習にAIを取り入れるときは、完成品を受け取る以外の使い方も考えられます。分からない言葉を説明してもらう、原因を探すためのヒントを求める、自分の考えた手順を確認するといった方法です。

たとえば、得点が増え続ける原因を考えているなら、最初から修正後のコードを求めるのではなく、どの処理を確認すればよいかを尋ねられます。そのうえで実際に動かし、説明と結果が合っているかを確かめます。

GitHubも、学習向けの公式資料で、AIを概念の理解を助ける役割として使う方法を紹介しています。答えを得ることに加え、その答えを自分で説明できるかに目を向けると、学習の進め方が変わります。

子どもが利用する場合には、サービスの利用条件に沿い、大人の支援を受けられる環境を整えることも前提になります。学年や経験に応じて、何を自分で考え、どこを道具に手伝ってもらうかを調整したいところです。

完成度だけでは見えない、子どもの工夫

大人が作品を見ると、見栄えや機能の多さに注目しがちです。しかし、短いゲームにも、その子なりの判断が含まれていることがあります。

難しすぎたため制限時間を延ばした、遊んだ友達の感想を受けて説明を追加した、操作を間違えにくいようボタンの位置を変えた。完成品を眺めるだけでは分からない工夫です。

どこを変えたのか、なぜそうしたのかを聞くと、制作中に考えていたことが見えてきます。うまく動かなかった部分を説明してもらうことも、取り組みを振り返るきっかけになります。

プログラミングの学習を、将来の職業選択だけで評価する必要はありません。自分で作り、誰かに使ってもらい、その反応を受けて直す経験として捉えることもできます。

塩入孔志の教育事業の経歴から広がる視点

塩入孔志氏がプログラミング教室を立ち上げた2018年と、生成AIによる制作支援が身近になった現在では、使える道具が変わっています。それでも、何を実現したいかを決め、結果を見て工夫するという学習の過程には、引き続き目を向けられます。

公式の経歴から確認できるのは、教室の立ち上げや指導に携わったという事実です。その後のAI教育への取り組みまでを示すものではありませんが、この経歴は、技術と学びの関係を考える入り口になります。

AIがコードを提案してくれる時代にも、作りたいものを考える人と、それを使う人がいます。子どもがプログラミングに触れる意味を考えるなら、入力の速さや作品の立派さに加えて、自分で問いを持ち、試し、説明する機会があるかを見ていきたいところです。

コメント